アーティストトーク原稿
〜2015年11月14日(土)に、清須市はるひ美術館にて行われた、原賢二によるアーティストトークの原稿です〜

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<なぜ絵を描くのか>
 実は私は子供の頃は学校が嫌いで行きたくありませんでした。別にいじめられていたわけではありませんが。「んせまりあくたき行に校学、んさ母」というのは、まさに自分の子供の頃の記憶を素材にして描いた作品です。
 学校嫌いは保育園にまでさかのぼりますが、保育園を何度も脱走していつも保母さんを困らせていました。小学校・中学校もそうですが、朝礼とか行進とかラジオ体操とかそういうことを強制されるのがすごく嫌で(これは一体何の意味があるのか?)と疑問に感じていました。40年ぐらい前の特に愛知県の教育現場では、"管理教育"というのが徹底していて、学校はまるで刑務所のようなところに思えました。
 要するにとにかく人に何かを強制されたり管理されたりするのが大嫌いな子供だったわけです。自由が好きだったんですね。それで、高校は自由な校風の学校を選びましたし、大学ではもはや管理されるなんてことはありません。ところが、就職して会社に入ってみるとそこはまた小中学校みたいなところだったんです。何と朝ラジオ体操してるんです。あらゆることを非常に細かく管理してくる。そこでは「何も考えなくていい。一生面倒みてやるから、自分を捨てて身も心も会社に捧げろ。」という感じでした。そのときすごく合点したのは、自分が受けて来た学校教育というのはこういう社会システムに素直に順応できる人間を大量生産するためのものだったんだということです。当時はバブル経済全盛期でしたが、高度経済成長時代のなごりのような考え方でしょうか?そしてまわりの大人も、とにかくいい学校に入っていい会社に入るか公務員にでもなりなさいとしか言わない。
 そして、わずか2ヶ月で会社を辞めてアルバイトをしながら独学で美術を勉強し始めることにしました(この決断に至る詳しい経緯については割愛します)。

 絵を描き始めてみると、美術というのは正解がないので(これは自由でいい!)と思いました。ところが、グループ展なんかに誘われてちょこちょこ出品するようになると、色々な先輩方や色々な先生方が実に色々なことを言ってこられるんです。「こんなのは絵になってない」とか、「マチエール(絵肌)が大切だ」とか、「こんな下品なモチーフはだめだ」とか、「額縁をつけなさい」とか。あるいは毎回全然違う絵を持って行くと、「一つの同じテーマをとことん追求しなさい」とか。(あれっ?絵は自由なはずなのにな…)と思いました。で仕方なく、一生懸命絵に合う額縁を選んで持って行くと、今度は案内状なんかで画像から額縁はカットされてしまう。私としては額縁も含めて作品と考えているのでカットしないで欲しいと言うと「額縁まで入れるなんて前例がない」と言われて一蹴されてしまいます。前例を越えていくのが、美術だと思うのですが…。
 つまり日本の美術の世界では、ある種の閉じられた特定の団体などでは、この種の制約や枠組みがいっぱいあるんです。だからそういう団体にはなるべく近づかないようにしてきたわけですが、例えば一般的なコンクールに出そうと思っても、2枚一組の作品なんてのは普通認めてもらえないし、写真もだめということになってしまいます。私にとって写真は機械的に作られた絵のようなものだと思っていますので、美術作品を素材や技法でカテゴリー分けするのはやめてもらいたいと思うところです。
 私は、絵を描く(あるいは写真を撮る)以上、自由でいたいと思いましたし、不自由な制約の中で作品をつくることは私にとって何の意味もありません。絵(作品)は、自由であることを訴える手段なのかもしれません。

< 絵画と写真の枠組み>
 今回、個展のサブタイトルに「絵画と写真の枠組み」というテーマを入れましたが、そういうさまざまな既製の枠組みをとても不自由なものだと感じていましたので、自分はまずそういうものから自由になりたかったわけです。絵画とはこういうものであるというのではなく、こういう絵画もありなんじゃないか、こういう写真の使い方もあっていいのではないか、という感じで自分の作品を発展させてきました。

よく画面を分割するのが私の特徴だと言われますが、自分としてはそれほど特別なことをやってるつもりはなく、一つの絵画空間を構築するうえで自然に行われる一つの方法にすぎないと思います。一つの作品を複数の画面で表現することは、写真ではよく行われることで、これは普通に撮った写真というのは1枚ではどうしても弱いので複数の組み写真で見せることがよくあります(例:As time goes by)。ただ絵画の場合は、あまり画面を増やし過ぎると逆に1枚1枚が薄まってしまうこともあります。額縁を付けた1枚の四角いキャンバスが絵画の標準的なフォーマットになったのは、西洋の近代美術以降ではないかと思います。出品作の「芸術の誕生」は、1万5千年ぐらい前に描かれたフランスのラスコー洞窟の壁画を引用して制作した作品ですが、これは四角いキャンバスに描いてますが、オリジナルな壁画はそもそも四角い絵画空間なんてものは意識されずに描かれています。中世の教会なんかの壁画もそうです。日本の場合は、ふすまだとか屏風だとか掛け軸とか扇子とか色々ありますね。
 もちろん、この「1枚の四角いフォーマット」は最も合理的で便利であることは疑いの余地もありませんが、これを絶対視しないということも大事なことかなと思います。シルクスクリーンの「アニマルゲーム」という作品は、絵画をインスタレーションのように背後の壁面も含めた空間的広がりを持たせて展示しています。
 次に私が過去によく行った手法は、一つの絵の中で画面を複数の空間に分けて、それぞれ違う材料で描いてる作品です(例:時の過ぎ行くままにコミュニケーション!)こういうことをすると、空間的な一体感が失われて一つの作品の中に2つの異なる次元の空間が混在するように感じられます。まるであとから無理に貼付けたような感じで、2つの画面はなじんでいないわけです。これもあえて違和感を持たせる一つの画面分割の手法だと思います。これは、オーソドックスな絵画の手法としては、通常やってはいけないやり方です。そして、これが後に絵画と写真の混在した画面へと発展していきます。

絵画と写真を融合させるのは、絵画的な写真を作りたいということもありますし、それは写真といういわば現実世界のコピーを使って非現実的な絵を作りたいということです。 私の場合、近年写真を使う頻度が増えてきましたが、写真をいくつかのピースにわけてそれを再構築するのは、ジグソーパズルのように絵画的に処理する一つの技法だと考えています。

<何を描くか>
 これまでお話したことは、あくまで表面的なスタイルや技法の問題ですが、実は私にとってそれよりも何を描くかということの方が重要です。どう描くかということよりも、まず何を描くかということが大事です。モチーフをどうするかということです。よく「何を描くかは問題ではない。どう描くかが問題だ。」という意見もありますが、私の場合は逆です。
 絵を描き始めた頃は、何を描いたらいいのかさっぱりわかりませんでした。特に世間や社会に対して強く訴えたいこともないので、とりあえず花や風景を写実的に描いたりしてみましたが、それを観ても何も感じないんですね。せいぜい、「下手だな〜」とか「上手く描けたな〜」ぐらいです。自分が好きな絵は、上手い絵ではなくて、モチーフを通して何かを感じさせたり、何らかの感情を引き起こしたりする作品だったんです。じゃあ、自分は何を描いたらいいのか。結局自分自身の中にあるものや、身近なことで自分が興味のあることを素材やきっかけにして、それを膨らませて物語的な要素を付け加えて作品にするしかないなと思いました。そうして描いたのが「青い男」を初めとする初期の作品です。
 このやり方は、今でもほとんど変わっていません。ただ若い頃は、孤独な時期が多かったので、それが絵に反映されていてちょっと暗い絵が多いのかもしれません。この種の作品は、ときには共感を得られることもありますが、嫌悪感を抱く人も多いのではないかと思います。でも何も感じないよりは、嫌悪感を抱かれる方がいいのではないかと思います。注文で描いた「アフリカンパズル」のような一部の作品を除いて、部屋に飾ってもらうことを意識して絵を描いたことはありません。

<スタイルの変遷>
 それから、私の作品においてもう一つよく言われることは、スタイルがめまぐるしく変遷することです。私は寡作な方で、一つの作品を結構じっくりと考えて作り上げることが多いんですが、同じような作品を何枚も作るのは飽きてしまうんです。よく一つのモチーフを深く掘り下げて追求しなさいと言われるんですが、すぐにまた別のことがやりたくなってしまいます。同じことをするのが嫌で、次はまた違うものを、新しいことをやってみたいと思ってしまいます。結局まわりまわってまた同じところに戻るときもありますが、その場合その間の経験を踏まえて前回よりもバージョンアップできてるんですね。こういうやり方をしていると、一つの作品がきっかけとなって次の新しい作品が生まれるということが繰り返されていくわけです。 今回の展示全体を観て頂ければそのことはご理解頂けるのではないかと思いますが、一連の新作はこういうやり方をしなければ絶対に生まれなかったものだと思います。

<伝統から学ぶ>
 もう一つ、注意しておかなければならないことは、自分の作品は自分一人の力で生み出されたものではないということです。 私は、色々な巨匠の作品から影響を受けています。例えば、マルセル・デュシャンです。特に新作の「ウォーキング」は、彼の「階段を降りる裸体」という作品から着想を得てますし、「深く忍ぶ恋」のインスタレーションは、「与えられたとせよ」という作品がお手本になっています。もちろんこれはもともと浮世絵の"春画"がもとになっていて、さらに旧作の日活ロマンポルノのイメージを襖の隙間から覗かせた「普遍的なるもの」を踏まえた上で、"画家とモデルのシリーズ"のバージョンアップでもあるわけです。
 この両シリーズの違いは、"画家とモデル"の方はワイングラスやリンゴや花にだけピントが合っていますが、「深く忍ぶ恋」の方は、"障子"というフレーム(外枠)があって、そのフレームによって障子の手前と奥の空間に分断されているということです。そして手前の空間にいる観賞者がその隙間から男女の秘め事を覗き見するような感覚で観てもらうという"しかけ"です。インスタレーションのすりガラスを実際に覗き込むと、このような映像がコマ送りのスライドショーで延々と観られます。主役の男女をぼかすことによって、観賞者の妄想を膨らませるという手法は同じですね。このぼかしは写真特有のものですが、絵の具でペイントすることによってより非現実感を与えています。

 その他にも、たくさん影響を受けた好きな作家がいますが、特に"ニューペインティング"と言われた80年代や90年代のドイツ・イタリアやアメリカの現代作家の影響が強いと思います。
 絵を描き始めたときに、最初に行ったことはまず沢山の巨匠の作品を観るということです。一応美術史もひととおり勉強しました。
 美術といのは科学技術の進歩と同じで、たった一人の人間の力で発展してきたわけではなく、たくさんの芸術家が時代を越えて互いに影響し合って今日のカタチがあるわけです。人間は、なかなか観たことがない絵は描けるものではありません。我々がある程度普通に絵が描けるのは、現代社会では生まれつき様々なイメージが溢れかえっているからです。原始人は、ほとんど絵が描けなかったと思います。
 ですから、過去の伝統から学ぶことは非常に大切で、何か新しいことをやろうと思っても伝統を知らなければそれが新しいかどうかもわかりません。伝統を軽視せず、先人の仕事を十文知ったうえで、常に新しいスタイルを模索する作業を繰り返すことによって、初めて"オリジナリティー"というものが生まれてくると思います。

<どういう作家を目指すのか>
 結局絵を描く(作品をつくる)と言うことは、"他人や伝統から学び、自分の頭で考え、自分のオリジナルなスタイルで自由に表現すること"だと思います。ときには、ある種の人々には受け入れられないような嫌悪感を抱かせるようなものであっても、"自分が描きたい、自分が観たいと思うものを、自分のものさしで素直に表現していきたい"と思います。

2015年11月14日
原 賢二